■今週のメッセージ(マルコ1:29-31)
 汚れた霊に付かれた人の癒しの後、主はシモンとアンデレの家に向かわれました。シモンの姑は熱を出して横になっていました。人々は早速そのことを主イエスに知らせます。
 祈ること、それは願いごとをかなえてもらうことでも、熱心に叫んで何かを聞いてもらうことでもありません。起こっている実情と、こちらの思いを主に知っていただくことではないでしょうか。「さっそく」ということばに注目したいと思います。どんな時でも、どんな場所でも、何をおいてもまず、主に知っていただくことが第一なのです。
 主イエスは喜んでシモンの妻の母に近づかれ、その手を持って起こされました。マルコは特別な癒しのことばを記しません。何もしていないかのように、主の癒しのみわざを描写します。主イエスこそ癒しなのです。主イエスがその家を訪れた時、すでに解決がなされていたのです。
 シモンの姑は、まるで何事もなかったかのように主イエスに仕え出します。ギリシャ語本文では未完了過去が使われており、これから先ずっと主イエスに仕え続けたという表現です。主は信じ従う者の家庭を辱めるようなことは絶対になさいません。安心して、全てを委ねて従っていけばいいだけなのです。


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