■今週のメッセージ(マルコ3:7-12)
 ここから主イエスの活動の場が会堂から湖や大空のもとへと変わります。それは、安息日の癒しによってパリサイ人等から狙われるようになったからです。人々は、近くから遠くからうわさを聞きつけ、主イエスのもとへと集まり、主を押し潰さんばかりとなりました。主イエスはここで、それらの人々を振り切るかのように、小舟を使ってそこを離れられるのです。
 集まってきた人々は、何も物見遊山で集まって来たわけではありません。病をもち、苦しみを抱えてここに来ているのです。その人々に背を向けるのは、ひとりびとりを愛されているはずの主イエスの姿に矛盾するのでは、と思ってしまいます。主は群衆を嫌われたのでも、やがて自分を十字架につける群衆を軽蔑されたのでもありません。
 まず、主イエスの時ではなかったということです。ここで群衆に祭り上げられてしまうならば、十字架に辿り着く前に、反乱分子として潰されてしまったでしょう。次に、癒しは福音そのものではないということです。しるしであってそれ以上のものではありません。もしこの働きだけに埋没してしまっていたら、群衆は主イエスを癒し主としてだけ認め、そして主イエスを利用するだけで終わってしまうでしょう。さらに、主イエスは十字架と復活を通してのみ、ご自身を表わそうとされたということです。それ以外の方法で主イエスの御名が伝えられることはふさわしくないのです。
 主イエスは群衆の中におられて、群衆ではなく、ひとりびとりを相手にされます。取り残されたかのように見える人々、それらの人々にこの恵みを伝えるのは、主イエスの弟子たちであり、そしてそれは私たちの責任なのではないでしょうか。

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