■今週のメッセージ(マルコ14:1-9(新約p97))
 「ナルドの香油」と名付けられているこの個所から、主イエスは十字架へと一直線に進んで行きます。しかしその緊迫感と暗さにもかかわらず、今日の箇所は輝いており、その香りがここにまで届くような気さえいたします。
 しかし、この女性のしたことは、無駄としか思えず、人々が怒るのも無理はなかったかもしれません。しかし、この出来事の価値は、金銭では計れません。それは、神が喜ばれる愛、献身、感謝がここにあるからです。
 彼女にとっては、“主イエスのため”としか言いようがなかったでしょう。しかし主は、そのような彼女に、その出来事の意味を与えて下さり、そしてこのことが福音とともに全世界に伝えられると言われました。
 そして、この出来事は主の十字架の苦難を前にしての礼拝と見ることが出来るかもしれません。もちろん彼女には十字架ははっきりと見えたわけではないでしょう。しかし、主が死に向かって進んでおられることを、男の弟子たちが誰も気づかなかったのに、ひとり気付いたのではないでしょうか。
 そこに、居ても立ってもいられずに、持てるすべてを献げ尽くしてしまったのです。それが割られ注がれた香油なのです。そこに主の裂かれた御からだと、流された血潮が象徴されているのです。
 ローマ5:8に、「しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。」とあります。主イエスはこの後、罪ある私たちのために釘付けにされ血潮を流され、私たちの罪を全部背負ってくださいました。
 まさにこの女性のしたことは、主イエスがなされようとしていることを予表しているのです。主イエスは、私たちのために愛を注ぎ出し、すべてを献げて、救いのわざを成してくださったのです。


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